V.A. / SKYE&GRYPHON for Cafe Apres-midi

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FORMAT : 日本盤CD
 
V.A. / SKYE&GRYPHON for Cafe Apres-midi Cru

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「グリフォン」(Gryphon)――ギリシャ神話に登場する、ワシの頭と翼、ライオンの胴体を持つ想像上の動物。その役目は、黄金の宝を守ることだという。

スカイが2年という短くも音楽史に名を刻むその活動に幕を降ろし、ゲイリー・マクファーランドがグリニッチ・ヴィレッジで謎の死を遂げた後、エグゼクティヴ・プロデューサーだったノーマン・シュワルツが新たに立ち上げたレーベル、それがグリフォン。もともとはミュージシャン等のマネジメントを主な仕事としていたシュワルツだけれど、演奏家でなくとも音楽、特にジャズに対する熱意とこだわりは相当なものだった。彼は、自ら手掛けた盟友フィル・ウッズのアルバムのライナーノーツで次のように語っている。「ジャズという音楽はただ単に即興演奏だけの音楽ではない。メロディーに沿ってやたらに音を出しさえすればいいというものではないのだ。ジャズは(演奏者の)生き様であり、ストリートから生まれたアメリカ音楽だ。それは役者がシェイクスピアやオニールの劇に毎回異なる感情を注ぎ込むのと同じように、曲から常に特別な何かを弾き出す芸術だ。フィル・ウッズと私は、ジャズにおいては作曲と編曲がこの音楽の発展に不可欠のものという考え方で一致している。単に曲を並べ、無意味な即興演奏で埋めただけではすまないのだ。コンボのために作曲された曲は、そうしようと思えばオーケストラのために拡大してコンサートで演奏することもできるものでなければならない。私の念願は、後々にまで聴かれ、演奏されるような音楽的な作品群を残すことにある」と。

こうした確固たる信念のもとグリフォンは、決して多くはないが緻密に計算された完成度の高いアルバムを世に送り出していった。

時は流れて90年代初頭の東京。シュワルツの“後々にまで聴かれ、演奏される”という言葉は、きっと自身も思いもよらなかっただろう経緯で現実のものとなる。矢部直、ラファエル・セバーグ、松浦俊夫の3人のDJからなるクリエイティヴ・ユニット、ユナイテッド・フューチャー・オーガニゼイションによって、サンプラーという新たな魔法の楽器でそれは鮮やかに、まったく新しい音楽として再び演奏されたのだ。「Loud Minority」と題されたその楽曲は、グリフォンから1978年にリリースされたミシェル・ルグラン『Le Jazz Grand』収録の「La Pasionaria」の印象的なビッグバンド・アンサンブルを全面にフィーチャーした、ドライヴ感に満ちたクールでスリリングな一曲だった。

瞬く間に評判となった「Loud Minority」は、イギリスのクラブ・ジャズ〜レア・グルーヴ・シーンを代表するDJ、トーキング・ラウドのジャイルス・ピーターソンをはじめとするあらゆるDJから絶賛され、世界中の若者のハートを虜にした。同時にそのインスピレイションの大きな源、そしてサンプリング・ソースであるミシェル・ルグラン「La Pasionaria」もダンス・ジャズの聖典とされ、数えきれないほどのハイライトを彩ることとなった。

僕は地方出身者で上京したのは高校を卒業した直後の96年春のことだったので、リアルタイムでアーリー90sの東京クラブ・シーンを体験することはできなかったけれど、まだ地元にいた時に初めてCDで耳にした「Loud Minority」の強烈なインパクトは今でもはっきりと覚えている。しばらくしてレコードに興味を持ちはじめた頃にアレックス・リースのリミックスと共にリリースされたトーキング・ラウドの10インチに至っては、予約をしていたにも関わらず入荷日当日に手に入れていたほどの熱の上げようだった。

ミシェル・ルグラン「La Pasionaria」との出会いはもう少しだけ後のこと。惜しまれながらも数年前にクローズした南青山のBLUEという、ユナイテッド・フューチャー・オーガニゼイションがメインDJを務めた憧れのクラブがあった。あの頃の僕にはちょっとした背伸びが必要な、東京で最もスタイリッシュな場所に思えたその箱のダンスフロア、僅かなレーザーライトが瞬くだけの真っ暗なスペースで、グラディー・テイトの怒濤のドラム・ブレイクに導かれるあのホーン・アンサンブルを聴いた。確かそのとき初めてジャズでハード・ステップを踏んだものと記憶している。シーンのモードだったドラムンベースをはじめとする最新のダンス・ミュージック以上に、20年も昔の楽曲のエネルギーに衝撃を受け、熱い想いに駆られた。

グリフォンというレーベル名をさらに意識したのは、ファラオ・サンダースやスタンリー・カウエルらのストラタ・イースト・レーベルに代表されるスピリチュアル・ジャズに夢中のときだった。レオン・トーマスを追いかけて「Little Sunflower」収録のルイス・ヘイズ・グループ『Variety Is The Spice』を手にした。後にその盤と時代とのシンクロニシティーを特に強く感じたのは、書籍『MUSICAANOSSA 9×46 DISC GUIDE』の原稿を、音楽的に本当に信頼しているレコード屋のスタッフに依頼したときのことだ。ポルトガル語で“僕達の音楽”を意味するその本に寄せてくれたセレクトのテーマは「WALTZ FOR BABY」で、まだリリース前だったクープのアルバムの話を軸に素敵なマイ・ジャズ・ワルツ・ブームについての話を綴ってくれた。その中で紹介してくれたのがジョン・コルトレーン「My Favorite Things」のルイス・ヘイズによる超絶グルーヴィー・カヴァーで、それは間違いなく現在進行形の感覚に根ざした最高のチョイスだった。やはり同じヴェクトルを指し示す、マーヴィン・ゲイのニュー・ソウル・クラシック「What's Going On」の大胆なワルツ・カヴァーも、プレイヤー全員が一体となってテンションを高めていく様があまりにも感動的なヴァージョンだ。

そしてジャズ界で最も有名なメイル・ヴォーカリストの一人、メル・トーメが歌う名ワルツ「Bluesette」。そして「You Are The Sunshine Of My Life」。ミュージカル仕立てのオーケストラ・アレンジによるそのスティーヴィー・ワンダーのカヴァーに、ジャズという音楽の発展を願うシュワルツの言葉を憶ってしまう。

今回、それらの楽曲がこうしてカフェ・アプレミディとアプレミディ・グラン・クリュの名のもとに、姉妹レーベルであるスカイと居を同じくして皆さんの耳に届いたのは、本当に素晴らしい出来事。グリフォンの躍動的なスウィング感とスピリチュアリティー、そしてスカイのとても繊細でヒューマンなイージー・フィーリング。この二つの絶妙なブレンドによって、数あるアプレミディのコンピCDシリーズの中でも指折りの作品に仕上がっていると僕は思う。

残念ながらシュワルツは95年に他界している。けれどきっと天国でこのコンピレイションのリリースを祝福してくれているに違いない。そして心から喜んでいるだろう。当時のジャズ・ファンのみならず、こうして新しい世代にグリフォンの存在が愛されてやまないことを。

僕の部屋にはグラディー・テイト『Windmills Of My Mind』のジャケットが飾られている。スカイからリリースされたオリジナル盤ではなく、“FROM THE SKYE HERITAGE COLLECTION”と銘打たれたグリフォンによるプレスの盤だ。眩い黄金色に縁取られたグリフォンのレーベル・デザイン、そしてスカイのロゴもしっかりと刻印された一枚が今、愛おしくて仕様がない。古くはクインシー・ジョーンズ楽団のメンバーとしても知られる名ドラマー、グラディー・テイトのヴォーカリストとしての才能を開花させた、ゲイリー・マクファーランドのプロデューサーとしての確かな手腕と、ノーマン・シュワルツの音楽への飽くなき情熱によって生まれたそのレコードには、ギリシャ神話に登場する想像上の動物の魂が本当に宿っている気がしてならない。
「グリフォン」――その役目は、黄金の宝を守ることだという。     
                               2004年10月 中村智昭